シアーシャは、朝に弱い。
どれほど弱いかといえば、ジグが部屋に入っても気が付かないほどだ。
魔女とはこれほどまでに呑気なものだろうか。
強大な力を持つ余裕なのか、それとも彼女が鈍感なのか。
シアーシャを起こしに来たジグは寝ている彼女を見てそう思っていた。
「朝だ、起きろ」
「うぅ……」
ジグの言葉に寝言で返すシアーシャ。
起きる気配は全くなく、むしろうるさいとでも言いたげに寝返りを打つ。
その拍子に布団がずれ、薄い肌着一枚の白い肩や足があらわになっていた。
「……」
ジグは思わず視線を逸らし、枕元へ目を向ける。
そこには昨夜読みふけっていたらしい数冊の本が無造作に転がっていた。
異大陸に来て冒険者登録をしたシアーシャは、魔術の本を借りられる事に大層喜んでいた。
長らく人々から畏れられ一人で生きてきた彼女にとって、魔術を学べるという状況は、きっと夢のようなものなのだろう。
ジグはそんなことを考えながら、散らかった本を片付けようと手を伸ばす。
しかし、勝手に触れていいものか迷い、結局、伸ばした手を静かにおろし、再びシアーシャを起こすことにした。
「起きろ、シアーシャ」
まだ少し呼び慣れない名を呼んでみると、少しだけ目を開けてこちらを見た。
「ようやく起きたか。もうとっくに朝……」
しかし、ジグが言い終える前に、再び眠りについた。
その様子にジグの中で驚きと呆れが入り混じる。
(こうなったら、物理解決か……)
このまま放置して『なぜ起こさなかった』と責められるのは面倒だ。
ジグはため息を一つ吐くと、覚悟を決めシアーシャの肩を軽く揺すってから、頬をペチペチと軽く叩く。
「おい、起きろ」
振動に合わせてシアーシャはうにょうにょと何かをしゃべる。
何を言っているかは全く分からないが、体を起こし、ベッドに座らせる。
だがシアーシャは座ったまま眠り続けており、未だ意識が覚醒する気配はない。
人はここまで起きないものだったか。
いや、魔女を普通の人間と同じに考えるのが間違いだろうと、自分に言い聞かせる。
「さて、どうしたものか」
このままでは時間を浪費するだけだろう。
もう一押し、何かが必要になる。
「であれば……」
一計を案じたジグは、一度部屋を出て洗面器と水、手拭を用意して戻ってくる。
さすがに顔を洗えば目も覚めることだろう。
だが、今の彼女に自分で顔を洗う気力があるようには見えない。
では、頭から水をかけるか。
「…流石にそれはダメか」
思いとどまったジグは、持ってきた手拭を仕方なく手に取り、水で濡らし、シアーシャの顔にそっと当てる。
冷たい水の刺激でようやく意識が浮上したのか、シアーシャは少しずつ目を覚ました。
「おはよう」
「……ぉはようございぁす…」
「自分で顔拭けるか?」
「あぃ」
ジグが手拭を渡すと、シアーシャはようやく自分で顔を拭き始める。
(これならば、もう一度眠ることはあるまい)
「準備ができたら教えてくれ」
そう言って、シアーシャの部屋を出ると、自室でしばし待つことに。
この時から、ジグの中で『シアーシャを起こすマニュアル』が確立された。
・声をかける。
・反応がなければ肩を揺らす。
・頬を軽く叩くも良し。
・それでも起きない場合は水で濡らした手拭を顔に当てる。
こうして、ひっそりとジグの中に誕生したこのマニュアル。
これからはこのマニュアルが役に立つのだろうと思うと、ジグは苦笑するしかなかった。
それから、どの程度の月日が流れただろうか。
「お待たせしました!」
部屋に入ってきたのは身だしなみを整えたいつも通りの彼女。
眠気など一切感じさせないスッキリした顔だ。
シアーシャを起こすことに苦戦していたのが少し懐かしいくらい、今ではスムーズに彼女を起こすことができている。
もっとも、当時よりもだいぶ雑なものとなってはいるが、これも彼女を起こすのに慣れたということだろう。
「ふっ」
きっと、この先もこのマニュアルを大いに頼ることになる。
確証はない。だが、ジグの胸にはそんな予感がよぎるのだった。